<知事選を振り返って・記者座談会>
ありうべき候補者像などに考察の余地
兵庫ジャーナル 2017.0703wrote

  兵庫県政史上初の5選を果たした井戸敏三知事(71)は、投票日の翌々日4日には、17日間留守にした県庁に初登庁、選挙戦で真っ黒に日焼けした顔をほころばせつつ、出迎えた約5百人の県職員に県民の期待の高さを強調、一層の創意工夫を求めた。政策会議の後、記者会見に臨み、「兵庫の多様な魅力と可能性を再認識した」と感想を述べ、「参画と協働を基本姿勢に兵庫を新たな発展に導く」と決意を表明した。選挙戦は30万票差もの緊迫の連続であり、風の怖さを再認識させた。また、ありうべき候補者像や広報戦略のあり方など検証を要する課題も浮き彫りになった。記者座談会で知事選を振り返った。

井戸陣営高揚より安堵の色濃く
「重圧」に耐えた17日間

 A 知事選を終えて、関係者には、県政史上初の5選を果たした高揚感より、安堵が多くを占めている。これが初の5選に挑んだ「重圧」であったのであろう。
 B メディアが争点とした“多選”。井戸知事は「どういう意図で多選批判をしているのか全く理解できない。組織の硬直化など見受けられない」と断じた。確かに政策評価が高く、有権者の判断基準でも、多選が重きをなしたわけではないことは数字的にも明らかだ。
 C 「選挙的な言葉でいえば、批判ではなく、単純な意味での“飽き”が背景にあるのでは」と分析する向きもある。井戸知事も「支持率が落ちたことは間違いない」と認め、「意図していることを十分説明して、このギャップを埋めていく」と語っており、今後を見守りたい。
 D 選挙戦は、現職に3新人が挑戦する構図だったが、知名度などから井戸、勝谷両氏の一騎打ち模様で推移した。このため、共産推薦の津川氏は15万票弱、中川氏は10万票と埋没した。
 A まず得票結果から。井戸氏は百万票を掲げていたが、勝谷氏立候補に及んで、目標達成は難しいとの観測が出ていた。次に他の3候補の合計得票を上回る50%超の得票が目安に。結果的に、初の百万票割れとなったが、得票率はクリアした。
 B 投票率が40%を超えると危険水域とも指摘されただけに、94万4千票の得票は、「まずまず」との受け止め方が支配的だ。一方、勝谷氏の64万6千票は、善戦といえるだろう。力量が未知の部分もあったが、高い知名度を生かし、広報戦略にも一日の長があったと総括できる。
 C 地域的に見ると、井戸氏は、41市町のうち勝谷氏の地元尼崎で約2千6百票先んじられたほかは、すべて首位をキープした。安定したリードが、8時当確につながったわけだ。知事は、尼崎の負けが悔しいと洩らし、画竜点睛を欠いたと受け止めたようだ。
 D 中盤戦以降、勝谷陣営が神戸・阪神間に集中したこともあって、それ以外では、井戸氏が圧倒した。票差でいえば姫路3万2千票、加古川1万4千票、明石1万4千票といった具合だ。また、郡部では、丹波、宍粟市、美方、神崎郡でいずれも8千票超の差をつけて支持の厚さを見せつけた。
 A 井戸氏が会見で、「県民の代表となる知事候補には、県下の隅々まで政策を訴える姿勢が必要で、一部のところだけ戦えばよいというのは、いかがなものか」とコメントしていたが、うなずけるところではある。
 C 井戸陣営が、安定した戦いだったように見えるが、プロセスは平坦ではなかった。当初は、「負けるわけがない」と楽観論が大勢を占めていた。これが一変したのは、告示直後。勝谷陣営は、独自で調査を4回行ったが、その3回目では、実数でわずかながら勝谷リードが伝えられたからだった。
 D 井戸陣営にとって、過去4回は、大名選挙。ルーチンを坦々とこなし、投票当日を待つというシナリオ。経験のない状況展開に、陣営は一時浮き足立った。
 B 早い段階で危機感が出たことで組織が引き締まった。法定ビラ第2号や確認団体ポスターを急きょ作成、具体的な実績をグラフで示すなどアピール作戦を切り替えた。
 C これを機に、組織が覚醒した。自民県議団では、数度の檄文で取り組みの活性化を促し、陣営幹部が公明・創価学会や連合などに対しても再三テコ入れを求めた。同時に、かつてない徹底した電話作戦も奏功した。
 A 客観的には、5回目の選挙で新たな票の掘り起こしより目減り、取りこぼしを食い止めることが主眼の守りの選挙ではあった。しかし、勝谷陣営は、広報戦略、ネットを駆使した戦術に予想以上にたけていた。事前の講演会では、1週間前に告知ビラを折り込み、また、告示前日には政策チラシを新聞折り込みするなど物量面でも不気味さをうかがわせていた。
 D 勝谷陣営は、当初、多選以外は、批判を抑え気味でオーソドックスな戦法であった。それは、井戸支持層を取り込むことを企図したものであり、最終的に33%程度の自民支持層を取り込んだことで分かるように一定の成果を示した。
 B しかし、中盤以降は、多選批判一本やりとなり、メルマガやブログ等では、激しい言葉が目立つようになった。県職員が井戸陣営の選挙を手伝っている等々だ。勝谷氏本人も、「71歳のオッサンにまだ知事をさせるのか」と挑発的な態度を取り、井戸陣営の神経を逆なでした。
 D これに対し、井戸陣営では、過敏に応酬、反応せず、「同じ土俵に乗らない」と大人の対応を見せた。現職であり、当然のことだが、いい結果をもたらした。
 C 勝谷氏は敗戦の弁でも、「県民はよくこんな選択をしたな」などと発言しており、久元神戸市長が、「良識ある県民の勝利」と表現したのは、けだし正鵠を得ている。
 A 「毒舌」「辛口」といえば聞こえがいいが、女性層の支持が伸び悩み、無党派層に対しても、後れを取ったのは、この辺りに原因があるのではないか。
 D 政策的に見ると、井戸氏は、地域や時に出席者の顔ぶれに応じて、地域創生、子育て対策などを丁寧に説明していた。メディアの調査でも、井戸県政の政策に対して7割を超える人が「評価する」と答えていたのは、陣営に自信を与えた。勝谷氏には、支持者から具体的な政策を求める意見が出されていた。
 A 選挙戦で象徴的だったのは自民党県・神戸市議の連携だった。知事選と神戸市長選を一体にとらえた取り組みで、投票前々日夜の中央区の個人演説会は神戸市連が主催し、結束をアピールした。また、久元市長は、27日に神戸市長選再選出馬を表明したが、この日を含めて再三にわたりマイクを握った。県市協調の大切さを訴えるメッセージの巧みさを称える声が聞かれた。
 C 応援に駆け付けた山田京都府知事は、関西広域連合の連合長としてのリーダーシップを評価するとともに、新長田の合同庁舎を例に「県と政令市はとかく仲が良くないが、兵庫県と神戸市の協調ぶりはすごい」とエールを送ったのが印象に残っている。
 D そこで、神戸市長選を視野に市内の得票を見てみる。井戸氏と勝谷氏の票差は約3万6千票。市長選は、現職が北、西区の得票で逃げ切るパターンだが、今回、北、垂水、西区で7千票から8千票超リードしたことは、今後の参考材料となろう。
 B 井戸氏の演説会参加者等を別表にしているが、5回の選挙のうち、選挙車走行距離は4135qで最長不倒、演説会等の参加者数も10万人を超えた。手を抜くことなく取り組んだ証左であり、投票日翌々日には、休むことなく初登庁。心身両面でのタフさには舌を巻く。
 A さて、話をまとめたい。知事は、いうまでもなく兵庫の顔、県民の代表だ。選挙を勝つためには、知名度は不可欠だし、広報戦略をおざなりにはできない。しかし、そこには政策を提示し、実行できる能力を有し、それを担うにふさわしい兵庫の顔としての知力、品性が何より求められる。一石を投じた選挙でもあった。
 県政150年は、井戸敏三第52代兵庫県知事のもとで迎えることになった。8月1日には5期井戸県政がスタートする。未知なる時に突入するからこそ、県民の心に鋭敏であることが一層求められるのではないか。

4日午前9時、5回目の当選を果たした井戸知事が初登庁。県庁1号館中庭で県職員が拍手で出迎えた